横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)979号 判決 1976年10月19日
原告
昌建工業株式会社
右代表者
田島昌清
右訴訟代理人
鍛治良道
外三名
被告
新田源次郎
右訴訟代理人
阿部静三郎
外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者が求めた裁判
一、原告
1 被告は原告に対し、金一三八八万円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二、被告
主文同旨。
第二 当事者の主張
一、請求の原因
1 被告は訴外株式会社新田工務店(以下訴外会社という)取締役であつたが、昭和四四年二月二八日に訴外会社の取締役を辞任し、その旨の登記は昭和四五年五月二八日になされた。しかし、辞任登記のされるまでの間、原告会社は被告が訴外会社の取締役であると信じていた。
2 訴外会社は昭和三七年九月に設立され、橋梁架設工事を主たる業務とする株式会社であるが、昭和四五年二月一〇日頃、原告会社に対し吸収合併してほしい旨申込み、その際、被告から同年一月三一日現在の訴外会社の資産内容を示すものとして「残高試算表」(甲第一号証)が提示された。これによると訴外会社は約八〇〇万円の利益をあげていることが示されていたので、原告会社代表者田島昌清は右事実を確めるべく、同月一七日堀内税理士を同道して訴外会社に赴き、同会社の代表取締役五味義一と被告とに会見したのであるが、その際被告から「合併に関する明細について」と題する決算書類(甲第一〇号証)が提出された。しかしながら、原告会社は、甲第一号証、甲第一〇号証では納得できないので、更に資料の提出を求めた結果、同月二五日貯蔵品棚卸表(甲第一二号証)および試算表(甲第一四号証の一ないし四)が提出された。
堀内税理士が右甲第一、第一〇、第一二、第一四の各号証(以下本件計算書類と総称する)を同月二六日までに検討した結果、資産合計八三〇七万一〇六四円、負債合計九四二九万二四七四円のアンバランスな結果を示したので、合併するにはこれをバランスのとれたものとして合併しなければならない必要があつた。
3 同月二八日、原告会社と訴外会社との合併取決めがなされたのであるが、前記アンバランスをバランスのとれるものとするために、被告の訴外会社に対する貸付金三八〇万円と横浜銀行の定期預金五〇〇万円合計八八〇万円を訴外会社の資産に振替えること(合併会社に譲渡すること)として合併すること、合併不成立のときはただちに返済することを条件に訴外会社に対して右同日から同年三月三一日までの間合計金一五〇八万円を貸付けた。
4 しかるに同年四月一二日、原告会社が訴外会社の資産状態を調査したところ、さきに訴外会社から提示された甲第一四号証によると未払金は約二八〇〇万円と計上されていたが、この未払金が三九〇〇万円余であることが判明した。ここにまたアンバランスの要素が発見され、原告会社は被告に抗議したところ、被告ならびに五味義一が訴外会社の資産を保証するといい、被告は金一四二五万円(但し前記八八〇万円を含む)を、五味義一は金四〇〇万円をいずれも支払期日を合併設立登記完了時とし受取人を田島昌清とする約束手形各一通を同月一五日に振出した。そして原告会社は同月一五日に金三五〇万円、翌一六日に金二五〇万円の金員を前同様の約で訴外会社に貸付けた。
5 その後、同年五月五日原告会社が入手した資料によると訴外会社の同年一月三一日現在の貯蔵品が、甲第一二号証によつて合併取決当時明らかにされた貯蔵品の評価より更に約六〇〇万円減価していることが判明したので原告会社は合併を中止する旨申入れ、前記貸付金員の返済を求めたが、訴外会社は七二〇万円を弁済したのみで倒産し、残余の金一三八八万円の支払は不能に帰し、原告会社は同額の損害を蒙つている。
原告会社は被告に対し、右損害金の賠償請求をするものであるが、その請求原因として、主位的に商法二六六条ノ三、一項後段による取締役の責任を、副位的に同項前段の責任を問うものである。
(一) (主位的請求原因)
原告会社は本件計算書類の記載内容が真実と信じ訴外会社との合併を前提に前記のごとき金員を訴外会社に貸付けたが、本件計算書類の記載は次のような虚偽記載があつた。
(1) 被告の提示した本件計算書類に未払金について虚偽の記載があつたことは既にのべたところである。すなわち、当初提示された甲第一号証によれば未払金は二二六一万九三四〇円であつたが、その後提示された甲第一〇号証によれば未払金は二七〇七万八四三九円であり、また甲第一四号証の一によれば未払金は二八五八万四〇六四円となつており、結局合併を取決めた昭和四五年二月二八日当時の本件計算書類上の未払金は二八五八万四〇六四円であつた。
しかるに、原告会社がその後調査したところによると、訴外会社の会計処理において工事収入に見合うだけの経費の計上がなく特に労務費について多大の計上もれがあり未払金は三九三〇万二九三〇円であることが判明した。すなわち、本件計算書類には未払金について実際より過小に計上した不実の虚偽記載がなされていたものである。
(2) つぎに貯蔵品について過大に評価し本件計算書類に計上している。甲第一号証、甲第一〇号証には貯蔵品について二五三九万五〇〇〇円となつており、貯蔵品だけに関する帳簿である甲第一二号証では二七〇六万九五〇〇円と計上され、合併に関する取決めが行なわれた当時では右金額が貯蔵品の評価額であつた。ところが、昭和四五年五月五日に入手した資料により調査すると、同年一月三一日現在の貯蔵品の評価額は二一〇六万九五〇〇円であつて、本件計算書類において約六〇〇万円に過大に評価した虚偽の記載がなされていた。
(二) (副位的請求原因)
被告は訴外会社の取締役としてその職務を行うにつき、故意に虚偽の資産状態を示したものである。仮りにそうでなくても取締役が合併を申出るについては自らの会社の真実の資産状態を確める義務があるところ、訴外会社は被告のワンマン経営であつたのだから容易に確められる地位にありながらこれを怠つたのは被告の重大な過失といわなければならない。
よつて被告は原告会社に対し原告会社が受けた損害である前記一三八八万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求めるものである。<以下、事実省略>
理由
第一原告会社の主位的請求原因について検討する。
一被告は訴外株式会社新田工務店の取締役であつたが、昭和四四年二月二八日取締役を辞任し、辞任の登記が昭和四五年五月二八日になされたことは当事者間に争いがない。しかしながら<証拠>を総合すると、被告が前記のように訴外会社の代表取締役を辞任した後、訴外五味義一が訴外会社の代表取締役に就任したが、被告は訴外会社において対内的にもまた対外的にも取締役会長の呼称を用いて同会社の業務を主宰していたこと、原告代表者田島昌清も被告がその辞任の登記をなす頃まで訴外会社の取締役であると信じていたことが認められる。
二<証拠>を総合すると、
1 原告会社は田島昌清を社長とし現場従業員二名を擁する株式会社で土木建築を業とする会社であるが、田島は訴外会社代表取締役であつた五味義一と懇意で、原告会社が現場従業員を必要とするような場合は訴外会社から人員を派することもあつて、かねがね田島は原告会社と訴外会社と合併することを望んでいたが訴外会社の同意が得られず実現しないまま経過するうち、昭和四五年一月二五日頃、訴外会社において同年二月以降の資金繰りが困難であることが判然としてきたため、被告は五味義一と相談の上、田島に対して訴外会社と原告会社とを合併する話を持込んだ。
2 被告ら(被告および五味義一をさす。以下同じ。)から訴外会社との合併の申込みをうけた田島は、被告に対して合併の条件はきびしいと仄めかし、まず訴外会社の資産内容を知るため会計帳簿の提示を求めた。そして同年二月一〇日被告から同年一月三一日現在の残高試算表(甲第一号証)が提示された。右試算表によると約九〇〇万円以上の収益が認められたが、田島は更に右事実を確認するため同年二月一七日頃大和銀行戸塚支店からのすすめもあり、同行から紹介された堀内税理士と田島に会計職員として雇われていたことのある酒井幸雄とを伴い訴外会社に赴いたところ、被告らは「合併に関する明細について」と題する決算書類(甲第一〇号証)を提示した。田島および堀内税理士は訴外会社の総勘定元帳の提出を求めたが元帳には前年の一二月中旬頃までのことしか記載されていなかつたので至急作成するよう要求した。そして同月二五日に至つて訴外会社から棚卸表(甲第一二号証)、試算表等(甲第一四号証の一ないし四)が提示された。
3 同月二六日頃、堀内税理士は訴外会社から提示された本件計算書類をもとに、昭和四五年一月三一日現在の訴外会社の貸借対照表(甲第二号証)を作成した。右貸借対照表を作成するにあたり、甲第一号証の残高試算表と甲第一〇号証の決算書類には未成工事の原価部分を仕掛工事として評価していたけれども、未成工事部分に対応する収入金である未成工事受入金(前受金)の計上がないので、かかる会計処理は会計学上許されないからと被告らに説明した上、これを削除して前記貸借対照表を作成した。
4 堀内税理士がまとめた貸借対照表(甲第二号証)によると約一一二〇万円余の負債超過になつたが、田島はこれ以上負債が増えることもないと考え、訴外会社と合併することを承諾して、同月二八日被告及び五味義一との間に訴外会社と原告会社との合併に関する取決めを行つた。右取決めにおいて、田島は前記訴外会社の資産内容のアンバランスを是正する意味において、被告が訴外会社に対して貸付けていた金三八〇万円および被告が横浜銀行に対し有していた金五〇〇万円の定期預金をともに合併後設立される会社に譲渡すること、被告が訴外会社に対して貸付けていた債権三八〇万円を合併会社に譲渡すること、被告の有する訴外会社の株式九〇〇〇株を田島に無償譲渡すること、同じく新田朝興の所有する訴外会社の株式五二〇〇株も右同様無償譲渡すること、被告の所有する沖の株二六〇万円相当を半額で譲渡すること、被告は訴外会社の会長の地位を即刻去ること等が取決められ、同日より翌三月末までの間、原告会社は訴外会社に対し金一五〇八万円を貸付けた。
5 右合併取決の後、従来、被告が訴外会社で使用していた会長室は田島が使用するからといつて明渡を要求され、被告はその頃より訴外会社に出社することを止め、また被告の息子が社員であると従業員が使いにくいという田島の申出で被告の子供も退社した。さらに被告は田島に訴外会社の手形振出に使用する印鑑をも預け、三月初旬から中旬にかけて田島を同道して取引銀行に出向いて合併の件を告げ田島昌清が訴外会社の経営にあたる旨の挨拶をなし、また訴外会社の大口受注先にも訴外会社社員にも右同様の挨拶をしこれを周知させた。一方、三月始から田島は訴外酒井幸雄を訴外会社の経理担当の職員に送り込み、同会社の資産内容を引続き調査せしめていたところ、四月一二日に至り訴外会社の同年一月三一日現在の未払金が合併取決め当時約二八五八万円であつたのに、人夫賃の脱落等があつて真実は約三九三〇万円の未払金があり、負債が約一一〇〇万円増大していたことが発見された。
6 そこで田島は、四月一五日における訴外会社の手形決済のための資金を大和銀行戸塚支店から融資させるため、被告が金額一四二五万円(但し、右金額には前記横浜銀行の定期預金五〇〇万円および譲渡を約した被告の訴外会社に対する貸付金三八〇万円を含む)、五味義一が金額四〇〇万円の約束手形を田島昌清を受取人、支払期日を合併設立登記時として振出さしめて前記アンバランスを埋め、同日金三五〇万円、翌一六日金二五〇万円の金員を貸付けた。
7 同年四月末か五月始めに、同銀行から訴外会社の貯蔵品については大丈夫かという問い合せがあつたので、田島は訴外会社に貯蔵品についての正確な数字の提示を求めていたところ、五月五日に至り、五味義一から貯蔵品についての資産台帳資料(甲第一三号証)の提示があつた。これによると、昭和四五年一月三一日現在において合併取決め当時の評価(甲第一二号証)に比較し約六〇〇万円の減少になつていることが判明し、この旨同銀行に報告したところ合併を中止した方がよいとの勧告があつたので合併を取止めるに至つた。
8 訴外会社は昭和四四年度の業績不振と昭和四五年度初期における資金繰りの困難から原告との合併を思い立つたのであるが、田島が訴外会社の資産内容の調査に急な余り技術担当で現場で監督すべき五味義一も本社に釘づけされて翻奔され旧来被告の縁故によつて得ていた受注も止み、従業員も全員退職する等の事態が生じ訴外会社は合併取止め決定後間もなく倒産した。
9 原告会社が訴外会社に貸付けた金員の返済期について約定はなかつたが、三月三日に一〇〇万円、四月八日から一一日までの間に四回に亘り六二〇万円返済されその余の貸付は返済されていない。
以上の事実が認められ、<証拠判断省略>。
三以上認定した事実によると訴外会社の昭和四五年一月三一日現在の未払金が約三九三〇万円であつたのに、訴外会社の提示した本件計算書類によれば右金額より過小に計上したことは計算書類の重要な事項につき虚偽記載があつたことはこれを認めることができるが、原告会社においては合併取決め当時の訴外会社の未払金は約二八五八万円と信じていたところ、未払金が更に約一一〇〇万円増大した事実を知り、未払金増大のアンバランスを是正するため、被告から金額一四二五万円、五味義一から金額四〇〇万円の約束手形の交付をうけて、四月一五日、翌一六日合計六〇〇万円を訴外会社に貸付たものであつて、商法二六六条の三、一項後段の趣旨が会社の計算書類の虚偽記載の事実を知らずこれを真実と信じて取引した第三者が損害を蒙つた場合、第三者の権利を保護するために取締役の責任を認めたことを考えあわせると、原告会社は本件計算書類の未払金についての虚偽記載の事実を後において知つたのであるが、右虚偽記載の事実を知り乍ら既に一五〇八万円を貸付(うち六二〇万円の返済をうけているが)けていたほか更に、六〇〇万円を訴外会社に貸付けたものであるから、右貸付金(右六〇〇万円の貸付金以外の貸付金を含めて)が回収不能になつても前記虚偽記載と損害との間に相当因果関係はないといわなければならない。
次に原告は貯蔵品の計上についても甲第一二号証による評価が甲第一三号証による評価において約六〇〇万円高く評価している事実をもつて虚偽記載を主張するので検討する。
<証拠>を総合すれば、貯蔵品の評価は客観的評価基準がなく一定していないこと、甲第一三号証による評価は原告会社の指示により評価基準をできるだけ低くおさえられて作成されたこと、同号証は昭和四五年四月になつて同年一月末現在の貯蔵品を遡つて調査したものであることが認められ、右認定を左右する他に証拠はない。してみると、甲第一二号証による貯蔵品の評価と右認定事実のような経過で作成された甲第一三号証の評価との間に差異が出るのは当然であつて、しかも甲第一三号証の貯蔵品の評価が客観的に正確であるとの立証はないから、甲第一二号証による貯蔵品の評価の記載が虚偽であるとの原告の前記主張は採用しない。
よつて、原告の主位的請求は失当といわねばならない。
第二副位的請求について
原告は、被告が訴外会社の取締役でありながらその職務を行うにつき悪意または重大な過失により原告会社に損害を与えたと主張するので検討する。
前記認定事実によれば、原告会社は原告会社と訴外会社との合併当時は勿論、その後においても訴外会社の経営状態が赤字であることを知りながら融資したものであり、また合併取決め後は被告を訴外会社の経営から追放し田島自ら采配を揮つて訴外会社の経営に乗り出したが業績が上がらず遂に倒産したものであつて、原告会社が訴外会社に融資後、被告が訴外会社の業務執行に関与した事跡は本件全証拠によるも認められないのであるから、訴外会社の倒産によつて原告会社の貸付金の回収が不能になつても被告が取締役としてその職務を行うにつき悪意または重大な過失のあつたためということはできない。
以上原告の本位的、副位的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(中村盛雄)